会員の声(ブログ)

八ヶ岳jomon楽会 会員の声ブログ

北の縄文を巡る旅

ファイルイメージ

つれづれ日記 武居八千代


 研修旅行にて、大湯環状列石、三内丸山遺跡、是川縄文館を廻った。
特異な列石、大きな建物跡、太い柱痕、独特の土器、土偶、いずれも初めて目にするものでおおいに好奇心をそそられ、楽しんだ。
大きな建物、石の配列、人力を合わせても、大変な仕事だ。
大陸の青銅器を思わせる土器は薄く、精緻な模様で次の時代に優るとも劣らない。
つやつやとした漆製品は黄金よりも光り輝く。
赤く塗られていた土偶は髪を結い上げ着飾っている。
不思議、不思議の世界である。
家があり、食糧、生活用品があり、衣食住が揃う。この生活を維持するのに、人々は拠り所となるものに支えられて、日々を送っていたのだと思う。
もちろん太陽、月、星、に願い、土偶に祈った祭りは大きな拠り所であったろうが。
子供の手形足形を大切に身に付け、日々、一心不乱に仕事をする。この日常が一番の拠り所ではなかっただろうか。
その結果うまれたのが、精緻な土器であったり、美しい赤い色の櫛や太刀、ツルツルに磨かれた石器である。
作り上げたときの達成感がひしひしと伝わってくる出来栄えである。
共同体のリーダーは一人でなく、神の声を聴く人もいるし、柱を立てる技術を持つ人や、狩猟に巧みな人、等々の共働がうまくいっていたに違いない。
はるか昔の人々と向かい合い、想像の世界を楽しんだ三日間だった。

皆様ありがとうございました。


カワシンジュガイの輝き     新村優子

広々と続く野辺山高原で、旧石器時代の遺跡を巡りました。
発掘中の矢出川遺跡、白樺と笹に埋もれた柏垂遺跡の現地に立ち、はるか数万年まえの人々が眺めた、草原、山、空、 鹿の群れが蘇り、目の前に現れるような気がしました。
谷合いの縄文早期、栃原岩陰遺跡では、せり出した岩の下にある洞窟に身を乗り出し、土の匂い、草木の匂いを感じました。たくさん出土し、今では絶滅してしまったというカワシンジュガイの美しい輝きを見ると、暗い洞窟の中、炎に照り返すシンジュ色の光沢に、当時の人もきっと心が和んだに違いなく、心豊かな生活があったと思われました。
山の中腹にある、縄文中期の大深山遺跡。フワフワとした足元に住居跡、石積み跡が残され、見上げると木々の梢。出土した土器は諏訪とは違い、小ぶりで、根気よく描かれた縦線、横線。地域それぞれ独自の世界があったと想像しました。
以上日帰り研修に参加させていただいた感想を書きました。あいにくの雨天ではありましたが、盛りだくさんな1日を過ごすことができました。皆さんに感謝申し上げます。


「直感音楽へのお誘い」に参加して     ミッツイ植田

8月31日(土)夜7時半から、八ヶ岳文化園にて「直観音楽」を演奏する会が催されました。

当日は、京都造形芸術大学の中路正恒教授と、同大学非常勤講師の寺村幸治氏にご指導いただきました。
お二人は、「直観音楽アンサンブル」を結成されており、京都造形芸術大学の学生との定期的な演奏会やCD制作などの活動、また地方を巡って「直観音楽」の普及に努めていらっしゃいます。

会田先生は3回目。石川会長や、その他のメンバーさんは2回目の体験とのこと。表情に余裕がありました。一方、会田先生から笛を持って来て、という依頼を受けて参加したミッツィ植田は、初めての参加でしたので、これから何をすればいいのか、チンプンカンプンでイスに座っておりました。


では「直感音楽」とは、いったいどんな音楽なのでしょうか?
 ドイツのケルンで生まれたカール・シュトックハウゼンという音楽家が始めた、新しい音楽の形とでも言えばいいでしょうか。2005年に来日して演奏し、日本の音楽家にも影響を与えたようです。インターネットで「直観音楽」と打ち込むと、結構な量の情報が書かれていますので、もっと詳しいことを知りたい人はそちらを参照していただくとして、ここでは当日の体験をご紹介します。

「直観音楽」には、楽譜がありません。既成のメロディやリズムを演奏することは禁止されます。
ですからプロの演奏家のほうが、この音楽の演奏は難しいかもしれません。
しかし、楽器を手にした演者が、それぞれ勝手に音を出し放題にすると、メチャクチャなカオス状態になってしまいます。そうならないように、初めにルールというか心得が参加者に説明されました。
・演奏者は、自分を表現しない
・自分の感情を入れない
・他の演奏者の演奏を常によく聴いている
・止めようと思うまで弾け
・しかし、他者の演奏と合っていないと思ったら、すぐ止めよ

これで、カオス状態になるのを抑制できます。それでいて感性に従って、のびのび奏でるのです。これを直観できるかできないかが、「直観音楽」のキモでしょうか?

普通の音楽では、特にプロは、その演奏の中に感情を入れ、自分を表現します。
「どうだ!上手いだろう」というアピールが必要でしょう。また圧倒的なテクニックで感動させるのが仕事みたいなところがあります。「直観音楽」は、そういう演奏ではないようなのです。

演奏する曲にはタイトルがついていて、演奏の方向性がテキストの形で指示されます。
詩のような指示書を読み上げてもらって、そのあいだに参加者が曲のイメージをふくらませます。
この短いけれども的確な詩によって、直観的に使いたい楽器を選びます。または、すでに手にした楽器をどのように奏でるか、潜在意識・深層意識が決めるという感じでした。

この日は、1968年にシュトックハウゼンが書き、「直観音楽」という名称を与えた「七つの日より」の中から「正しい長さ」、「強さ」、「夜の音楽」の3曲を、みんなで演奏しました。
初めての演奏で、何がなんだか解らない私でも、直観の趣くままに気持ちよく演奏に参加できました。そこには、音をハズしたり間違ったらいけない、という従来の演奏にはありえない開放感と清々しさがありました。自分がみんなの音の一部分になっている一体感もありました。

演奏した3曲のうち「強さ」という曲の詩(指示)は、こんな感じでした。

一つ一つの音を弾け(引けかも?)
心を込めて
おまえから発散する
暖かみを感じるまで

弾き続けよ
そしてそれを保て
できる限り長く

曲は、誰ともなく始め、数回の高揚感と数回のピークがあり、低くときには高く、優しくときには激しくの波をくりかえし、参加者がこれでいいと演奏を止めるまで続き、誰も合図もしていないのに
自然と鳴りやんだのでした。

1回限りの瞬間音楽、偶然性の音楽、世界にひとつ、再現性なし。上手いヘタもなし。その場のメンバーの感受性が即音楽になる。何の楽器でもよい、音のでるものなら楽器でなくてもよし。今までに体験したことのないおもしろさでした。
みんなで作る、みんなで音を楽しむ。まさに文字どおり「音楽」です。「直観音楽」の醍醐味は、ここにあるのではないか、これが私の感想です。

演奏に参加したのは、主に縄文阿久の会のメンバーさんでしたが、幼稚園の年長さんぐらいのお子さんを含むたくさんの見学者がありました。楽しく盛況のうちに終了しました。


最後に、当日ご指導いただいた中路正恒教授のブログから、この日の演奏の感想をご紹介します。

原村の人たちが協力して企画してくれた「直観音楽へのお誘い」という
催しは、まったくの大成功のうちに終わった。驚いたのは、参加してくれた
人々の感度がものすごくよいこと。最初の「正しい長さ」の演奏からして、
文句のつけようもないほど素晴らしい演奏になった。節度と並々ならぬ自
信と、これまで鍛えて来た音感---驚くほどだった。
次の「強さ」「夜の音楽」ともに将来このメンバーでCDが出せると信じ
させる出来栄えだった。
〈引用:「世界という大きな書物」 中路正恒公式ブログ 2013/09/01から〉


ご指導いただいた両先生、企画をしてくださった八ヶ岳文化園の久米さん、会田先生、
縄文阿久の会のメンバーさん、ご参加くださったみなさま、ありがとうございました。


板織り

                                      山本 郁子

 板織りは古くて新しい織物です。古くてというのは、戦前から戦後にかけて、岡谷、諏訪一帯の多くの家庭で織られていたのです。新しいというのは、ボードウィービングの山野井さんや、裂き織ジュンコさんの協力を得て、縄文阿久友の会の会田進さんが板織りを復活なさったのです。
 
 板織りは木の板に後ろ身頃、前見頃、袖などの形にピンをさし、縦糸をかけます。そして、横糸をシャトル(杼)や織り針で縦糸にくぐらせて織っていきます。出来あがった織物は形が出来ているので、それを接ぎ合わし、周囲をまつれば、即出来上がりという具合です。
 
 昔はきびそを使い、羽織下などを作っていました。きびそは蚕が繭を守るために最初に吐き出した糸で、太くて硬くて強いのですがゴミがついていたり、不揃いなので生糸には向かないので、捨てられていました。それを利用していたのです。

 現在は絹糸、毛糸、裂き布など使いますが、縄文阿久友の会では絹糸にこだわっています。縄文人は皮、麻、藤などゴワゴワしたものを着ていたと見なされがちですが、私たちの賢い祖先がそのようなみじめな姿でいたはずがありません。野蚕を使って、ファッショナブルなお洒落をしていたに違いないのです。

 板織り講習会が8月の10日間、開かれました。参加者は自分のペースでベストやポシェット、携帯入れなどを作りました。ちなみに私はベストの後ろ身頃を織りました。得意の編み物とコラボさせようと企んでいます。

 古い板、釘も木製、きびそを使う          新しく考案した板を使っての板織り


ページの先頭へ