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水月湖底の時の縞

                                          野崎 順子

今回の研修旅行のお宿は、三方五湖の1つである水月湖畔の水月花。目の前に広がる水月湖はどこまでも静かで穏やか、周囲の山々を正確に映し出す鏡のような湖面が印象的です。と、ここまではその湖底に眠る「もの」を知る前ならば、水月湖を見たときの普通の感想だったかもしれません。

当初訪問予定だった福井県立若狭歴史博物館が休館で、その代わりに隣接する福井里山里海湖研究所に寄りました。そして、そこで少し、いや私にとってはかなり衝撃的な映像を見ました。水月湖の湖底の泥に細長い筒をさしてから抜き、その筒を縦に割るときれいな細い縞模様をもつ泥が現れました。これを「年縞」と呼ぶそうです。初めて聞くことば、そして文字でした。土や木の葉、花粉などの有機物、そして火山灰や時には大陸から飛んできた黄砂などの鉱物質が、それぞれ明るい層と暗い層をつくり、その明暗の1対が1年をかけて縞模様をつくっていくというものでした。1年でできるそれらの堆積物の層は、平均が0.7mmという薄さ。筒によるボーリング調査で出てきた縞模様、つまり年縞は45mまでは明確に見ることができ、その最後の縞模様は、なんと7万年前のものだそうです。日本列島に人類がわたってくる以前、旧石器時代よりもずっとずっと前のことです。きれいな縞模様は、7万年にわたる時の流れが、まさに目に見える「形」となったもので、自然の成した偉業?にとても驚きました。

水月湖は、直接流れ込む大きな河川もなく、湖の深い部分は酸素がないため生物も生息できないなどの好条件が揃ったことで、湖水や湖底がかき乱されることなく、長年にわたってこのような縞模様が堆積されてきたそうです。この年縞を調査することで、過去の気候などの自然環境や、堆積状況からは地震や洪水などの履歴もわかるそうで、その変化を年単位で細かく知るための、まさに泥のものさしです。さらに驚くことには、この水月湖年縞が、放射性炭素による年代測定法で基準となる炭素14の量を正確に把握するための、地質学的年代の世界標準に決定されたということでした。この日本列島の片隅にある小さな湖の底で眠っている泥が、なんと世界で最も正確な年代測定標準となっていると知り、その泥に拍手を送りたい気持ちになりました。

年縞に衝撃を受けた研究所のあとは、快晴に誘われて、三方五湖をとりまく切り立った山のような地形を縫って走るレインボーラインをたどり、五湖を見渡せる山頂公園へのリフトに乗りました。山頂公園から見ると、鳥浜貝塚のある三方湖は、深緑色の藻のようなものが浮いている様子で濁っていましたが、隣の水月湖は青く澄み、吸い込まれそうな湖面で、隣合う湖の対照的な様相が一目瞭然でした。湖水がかき混ぜられることがないという縞模様形成の絶対条件をもつ水月湖であると、それを見て改めて納得しました。

海からせりあがる急峻な山々と、それに囲まれた水質の異なる五つの湖をもつ若狭の地は、縄文人にとっては、里山、そして湖や海から、さまざまな自然の恵みを手に入れることができる、まさにパラダイスだったと思います。若狭三方縄文博物館で目にした丸木舟遺物は、生活に欠かせない湖海の糧を得るために、そして隣のムラに行くために、水の上を移動する手段を考え抜いた縄文人の叡智の結晶だと思いました。
鳥浜貝塚は、草創期から生活の痕がみられ、前期には湖畔に定住し貝塚は湖の中に形成されたそうです。この貝塚から発見された丸木舟は2艘。年縞の明暗1層が約0.7mmの薄さとしてざっと計算すると、上から約4m50cmあたりが縄文時代前期の始まりにあたります。45mの長さからすると、たったの約10分の1。でも、その4m50cmは、丸木舟の発明もひとつに数えられる人類の知恵と工夫がぎっしりと詰まった歴史の長さで、そう思うと今度は人類に拍手したくなりました。4m50cm下の縞模様は、丸木舟で行き交っていた縄文人の姿を湖底から追っていたのだなと思いながら、私も当時の生活の様子を思い描いてみました。

旅行2日目の朝、陽に輝く水月湖面は、やっぱり前日と変わらない静けさをたたえていました。でもその湖底には、とてつもないものが眠っている。そう思って改めて湖を振り返ると、なぜか湖面が静かにザワザワと騒いでいるように感じました。

旅の面白さのひとつは「発見」することで、今回の縄文旅行も新発見の連続でした。また当初予定にはなかった場所を見学する機会を得て、「思わぬ」発見にもたくさん出会えました。年縞はもちろん、展示に実物大が多く体感する楽しさを教えてくれた琵琶湖博物館も、またいつか再訪したい場所です。

今回も、すばらしい旅行を立案、企画、催行してくださった皆さま、お世話になりました。
次回も、今からかなり期待しています。
ありがとうございました。
感想文が、縄文とは少しかけ離れてしまいました。


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